清澄な線を特徴とした日本画、山種美術館

日本画における線を「内に籠もったものを現す、或は対象の実在を掴む」として重視し、端正かつ清澄な線を特徴とした日本画家・小林古径[こばやし こけい](1883-1957)。2013年はその古径の生誕130年にあたります。これを記念し、古径の作品とともに、古径の兄弟弟子・奥村土牛[おくむら とぎゅう](1889-1990)の作品を比較展示して二人の画業を振り返る展覧会を開催いたします。

古径が画家として出発した明治30年代から大正初期は、日本画家が東洋と西洋、写実と装飾、伝統と革新の間[はざま]で揺れ動いた時代でした。その時代にあって古径は、安田靫彦[やすだ ゆきひこ]、今村紫紅[いまむら しこう]、速水御舟[はやみ ぎょしゅう]らとともに研究を重ね、時に西洋美術の影響も受けながら、日本画の進むべき新たな道を模索しました。院展においては、靫彦、前田青邨[まえだ せいそん]とともに「三羽烏」と称されて日本画の水準を高め、横山大観らに続く世代の中心的存在として活躍します。さらに1922(大正11)年のヨーロッパ留学、大英博物館での顧愷之[こがいし]の《女史箴図[じょししんず]》の模写体験は、古径の画業に大きな影響を与えることになりました。帰国後は中国画を基本とする東アジアの線描の美に目覚め、古典を基礎としながらも近代的な感覚をとり入れた新様式を確立し、後進画家たちに多大な影響を与えていきました。

なかでも、梶田半古[かじた はんこ]塾で古径と同門であった奥村土牛は、塾頭をつとめていた古径を師と仰ぎ心から尊敬して多くを学びました。101歳で天寿を全うするまで絵を描き続けた土牛自身も、古径との出会いが「自分の一生を決定づけることになった」と語り、古径の作画に対する真摯な態度を引き継いでいきます。土牛の描いた《浄心》(古径を追悼し制作)、《醍醐》(古径の七回忌の帰路に見た桜の美しさに古径への想いを重ねて制作)、《泰山木》(古径好みの陶器と花の取り合わせ)などの作品には、古径への深い敬愛と思慕の念が込められています。

本展では、古径が西洋画を強く意識していた時代に描かれた、現存する唯一の油彩画である《静物》、古典回帰時期の傑作と名高い連作《清姫》(3年ぶりに全8面を一挙公開)、西洋の静物画の様式を日本画の中で昇華させた《果子》や《三宝柑》など当館所蔵作品に加え、古径の古典や琳派研究の成果ともいえる《大毘古命図》、《紫苑紅蜀葵》、《狗》など公開されることの少ない他所蔵作品も展示いたします。

一見すると異なる画風の二人の作品を、それぞれの言葉やエピソードとともにあらためて見つめなおし比較することで、古径と土牛のもつ共通項にも注目する展覧会です。

出品作品:
小林古径:《闘草》、 《河風》、 《静物》、 《清姫》(全8面)、 《蓮》、 《三宝柑》、 《猫》、《紫苑紅蜀葵》(霊友会妙一記念館蔵)、 《観音》(霊友会妙一記念館蔵)、
奥村土牛:《雨趣》、 《聖牛》、 《城》、 《水蓮》、 《浄心》、 《泰山木》、 《鳴門》、 《蓮》、 《醍醐》
ほか約70点

山種美術館の「美術を通じて社会、特に文化のために貢献したい」という理念のもと、1966(昭和41)年に、全国初の日本画専門の美術館として開館いたしました。以来、今日にいたるまで約半世紀にわたり、近代・現代日本画を中心とした収集・研究・公開・普及につとめてまいりました。

日本画は、岩絵具や和紙など自然の素材を用いる芸術です。その主題や表現においても自然の美しさや季節感などが大切にされ、自然とともに生きる中で培われてきた日本の伝統的な美意識が反映されています。山種美術館は、日本独特の自然や風土の中で、長いときをかけて磨かれてきた日本画の魅力を、年齢、性別、国籍を問わず、一人でも多くの方にお伝えしていきたいと考えています。また、日本画を未来に引き継いでいくことができるよう、様々な活動を展開してまいりたいと存じます。

21世紀に入り、グローバル化や情報化、技術革新が急激に進むなど、私たちを取り巻く社会や環境はめまぐるしく変化しています。そうした中、人々の心を豊かにする文化や芸術の重要性が見直されるとともに、その一端を担う美術館の果たすべき役割があらためて問われています。当館は、展覧会や教育普及をはじめとするあらゆる活動を通じて、日本画と日本文化の素晴らしさを伝え、人々に感動や発見、喜びや安らぎをもたらすことのできる美術館を目指してまいります。

山種美術館の「美術を通じて社会、特に文化のため大いに貢献したい」という理念を核として、受け継がれてきた精神や共通の価値観を明文化し、山種美術館の基本理念を制定いたしました。また、日本画の素晴らしさを幅広く発信していきたいと考え、従来のロゴに新たなシンボルマーク(デザイン:佐藤卓)を加えました。さらに、かつて実施していた「山種美術館賞」を、新しい時代にふさわしいかたちで再開させた「Seed 山種美術館 日本画アワード 2016」を実施いたしました。本アワードは、今後も継続的に開催する予定で、日本画を未来に引き継ぎ、世界に伝えていく一助になればと存じます。

「美術を愛好される方も、またこれまであまり縁のなかった方にも広く日本画の良さを味わって頂けたらというのが、実は私の願いなのであります」という言葉を残しました。当館では、この創立者の思いを継承するとともに、21世紀における日本画の普及を目指し、展覧会や教育普及活動から、インターネットを活用した情報発信まで、さまざまな取り組みを行っております。

文化や芸術は人々の心を豊かにすることができます。21世紀に入り、グローバル化が進む中、当館では、日本固有の財産である日本画の魅力を国内外に広く発信し、国際社会において少しでも意義のある活動を続けたいと考えております。これからも、親しみやすいテーマによる展覧会から地道な研究まで、多彩な活動を通じて、日本文化・学術の振興と発展につとめてまいりたいと存じます。